<留萌~羽幌~天売焼尻>2021年夏の自転車旅(その六)20-22日目

 2021年夏のチャリキャンプひとり旅(その六)


今回は、日本海に浮かぶ小さな二つの離島を廻る旅です。


20日目は、留萌から羽幌の旅館まで。

21日目は、羽幌港からフェリーで焼尻島へ渡り、そして天売島へ。

22日目は、天売島を一周して羽幌へ。


【その六の読みどころ】

サーマレスト社製のコットは長持ちせず!

キャンプ場で長期連泊するおじさん

酒のつまみ自販機発見!

まだ閉鎖しているキャンプ場

名物甘えび丼とうに丼

焼尻島のおまわりさんにつかまる

かわいそうなオンコの木と幻の焼尻サフォーク

かわいいハート柄の坂道

稚内から中標津までのルート確定

フェリーの係留索がかっこいい

オロロン鳥の天売島は海鳥の宝庫

41年前に天売島で起きた事件現場を探す

ウトウの巣と80万羽の帰巣

逆に60羽しかいない絶滅危惧種のオロロン鳥

女子サッカーW杯と火野正平さんこころ旅のお話


●2021年6月24日(木) 20日目 薄曇り 南東の風

【走行距離56km 獲得標高161m】

留萌→R232→小平→苫前→羽幌

 

この写真は、キャンプ用簡易ベッド(コット)の表シート部だが、朝起きたら、中央のあたりが裂けていた。裏面の保温アルミシートは既にあちこちが裂けていて、保温の役目を果たしていない。

表面の布製シートも徐々に伸びてきており、この裂け目が拡がるのも時間の問題かもしれない。昨年3月に買ったサーマレスト社のこのコットは、最初は良かったが、昨年1年間で100日ほど使用したら、かなりボロボロになったので、1年間保証が切れる直前に、輸入代理店に写メールして、新品のシートを無償でゲットしたのだが、これも40日ほど使用しただけで、ボロが出始める。取り敢えず、ガムテープで悪化しないよう養生するが、すぐに剥がれてしまうので、効果はあまり期待できない。昨日から気になっていたが、トイレに近い南側の端に、ここで定住していそうな↑怪しいテントがあり、ボードには「世界五大陸4万キロ徒歩走破」とある。

おそらく、世界を巡り、日本に戻ってきたが、住む家がないので、ここに住んでいるのだろう。管理人がおらず無料なので、何泊してもいいのかもしれないが、旅キャンパーとしては、その分スペースがなくなるので、キャンプ場で生活するのは、いかがなものかと思ってしまう。トイレにあった数の子のポスター。

留萌の名産品らしい。数の子の特徴がアップすることにより強調されていて、なかなかいい写真である。9時半に黄金岬のモニュメントをバックに、一発でジャンプを決めて出発。

今日は、羽幌(はぼろ)という港町まで走り、オープンしているキャンプ場が近くにないので、旅館に泊まる予定だ。

車が少なく、路側帯の広い国道232号線を南からの追い風を受け、青空と海を見ながら快調に北上。20キロほど進むと、国の重要文化財「旧花田家鰊番屋」が現れる。

有料なので、中に入るのは諦めて、隣の道の駅「おびら鰊番屋」へ行くと、最近はやりの変わった缶詰自販機が。

たこ、ほたて、にしんなど加工物の他に、ななつぼし米もあり、全て五百円。お米一合で五百円は高いので、他の商品もきっと割高なのだろうと、見ていると、おじさんが来て、「ほたてめしの出汁」を3個も買っていったので、プチびっくり。よほどうまいのか、買ってみようか、という思いを抑えて、売店へ行くと、道産子米が並んでいる。

右の「ななつぼし」はメジャーになったが、「きたくりん」と「ゆきさやか」は初耳だ。「きたくりん」は2キロ900円で一合当たり約300円。「ゆきさやか」と「ななつぼし」は5キロ3300円で一合当たり500円弱なので、さっきの缶詰500円は高くないのかもしれない。苫前(とままえ)という町まで来ると、写真ではわかりにくいが、海の向こうに二つの島が見えてくる。

右側が焼尻(やぎしり)島、左側が天売(てうり)島で、明日、あそこへ渡ると思うと、わくわくしてくる。島へ渡る羽幌(はぼろ)にキャンプ場はないが、その6キロ手前には、とままえ夕陽ケ丘オートキャンプ場があるので、本当はそこに泊まりたかったが、コロナで閉鎖中。

留萌に近い小平にある望洋台キャンプ場も同様の理由で閉鎖中。閉鎖的な市町村には困ったものである。キャンプ場で感染拡大するリスクはほとんどゼロなのに…。苫前のキャンプ場の隣にある日帰り温泉「ふわっと」へ寄ると、レストラン入口に、甘えび丼1200円、ムラサキウニ丼2200円、バフンウニ丼2500円の案内板があり、どれもお得感ありだが、ランチは既に買ってあるのでスルー。

苫前から羽幌までの道は、それまでの平坦な海岸線とは異なり、アップダウンを5回繰り返す面倒なコースである。冒頭のルート図の高低グラフが示すギザギザがアップダウンを表している。何とか乗り切り、羽幌の街に入ると、10m近くありそうな大きなオロロン鳥が立っている。

ペンギンみたいだが、ウミガラスという海鳥で、天売島に棲むシンボル的存在になっている。13時半に、港近くにある山崎旅館に着き、留萌の道の駅で買っておいた、タコ飯とタコザンギでランチ。

壊れて二日前に神戸から送ってもらった予備のサイドバッグがちゃんと届いていて、開けると、なんとバッグの開放部を閉めるバンドとカギ部のアタッチメントが入っていない!。嫁さんにLINE電話して確認してもらうと、もう一つのバッグに纏めて入っていることが判明。早速、二つの備品を明後日も泊まるこの旅館に送るようお願いする。それまで、このバッグは宿で預かってもらうことにする。お宿のご夫婦は旦那さんも女将さんもいい人で、トイレ、洗面所、お風呂もきれいにされており、山崎旅館にして正解。

夕食もうまかったが、ここ羽幌も甘えびが名産らしく、刺身に甘えびがあって困ったが、残すのは絶対いやなので、無理して食べる。この宿も工事業者の方が多く、わざわざ神戸から光ケーブル工事で昨年9月から長期出張中のおじさんもいた。ご苦労様というか、1年近くも帰っていないなんてありえないっしょ。木曜なので、部屋で、ぐるナイのゴチを見て寝る。

【走行時間3:17 平均速度16.9km/h】

【本日の会計】¥10,541(宿代¥7,920)


●2021年6月25日(金) 21日目 曇りのち晴れ 南西の風

【走行距離19km 獲得標高223m】

羽幌→フェリー→焼尻島一周→フェリー→天売島

 

焼き鮭とハムエッグに持参の生卵でご飯を4杯平らげて、8時に宿を出る。

その際、宿の旦那さんから、明日戻ってきたら、呑もうと誘われて、はい、と答えたが、コロナ禍なのにほんまかいな、と疑いながら、霧雨の中、港へ移動して、8時半のオロロンラインフェリーでまずは焼尻島へ。

所要時間はちょうど60分なので、9時半に焼尻港に着岸して下船する。

焼尻島は標高100mもない平べったい島で、外周約12キロしかない小さい島なので、1時間もあれば自転車で一周できるが、天売島行きフェリーの乗船時刻まで5時間ほどあるので、外周だけでなく内陸部も行くことにする。出発しようとすると、おまわりさんが近づいてきて、「キャンプするのか、直火はするな、キャンプ場以外にテントを張るな、イヤホンしながら走るな」と高圧的な態度で言われ、ムカッときたが、素直そうに「わかりました」と答えて、港をあとにする。走りながら、あの警官は、フェリーが着く度に、下りてくる観光客を見定めして、怪しいと思ったら、職質したり、注意するのだろうが、気分いいものではない。直火どころか焚火やBBQもしない、残飯を出さない、ごみは基本持ち帰る、夜遅くまで騒がず8時には寝る、という超模範的キャンパーなのに…。まあでも、昨今のキャンプブームで、マナーの悪いキャンパーが増えているのは事実だから、離島を守る警官の気持ちも少しはわかるが…。島は海側がよく見えるよう、時計回りに廻るのが基本なので、まず南岸を西へ。逆に湖は反時計回りに廻るのが基本。なぜだか、わかりますよね。この島は西の方が高くなっているので、道はじわじわと登っている。

道幅は狭くセンターラインもないが、車はほとんど通らないので、むしろ自転車にとっては超気持ちいい道である。途中、島唯一のキャンプ場「白浜野営場」があるも、浜からほど遠い小高い丘の上にあるので、浜など全く見えない。

この地区が白浜だからだろうが、誤解を招く命名はやめて、せめて「白浜の丘野営場」にして頂きたいものだ。キャンプ場自体は無料なのに、清掃や草刈りなどきちんと管理されており、まずまずである。

外人の写真付き説明板があり、読むと、ペリーが来航する5年も前に、マクドナルドという米国人がこの辺りに上陸し、その後、利尻島で監禁、投獄、長崎へ移送されて、半年後、米国へ送還されたが、その間、日本初の英語教師として日本人に教えた、とのこと。またひとつ賢くなる。ここから、内陸部へ入り込み、「オンコの荘(しょう)」という森へ

オンコというのは、イチイという松に似た木の別名であり、焼尻のシンボル的存在である。普通は高さ20mほどになる高木だが、この島では、強風で写真のような高さにしかならず、その枝もくねくねとねじ曲がっている。森の中を探検できる遊歩道を自転車で30分ほど巡り、丘の上を西へ進むと、牧草地に丸々と太った羊さんたちが!。

普通の羊と異なり、頭と足が黒い。あとで知ったが、サフォークという品種で、幻の羊とも云われ、特にここのは焼尻サフォークというブランド名で販売しているが、東京の高級フレンチ店でしか食べられないほど希少価値らしい。サフォーク羊は士別などにもあるが、焼尻産は、島内にきつねなどの天敵が全くいないので、羊さんがストレスを感じることなく育つため、そのお肉は柔らかくてラム独特の臭みも少ないらしい。

よく見ると、奥の茂みに寝そべっている羊さんがたくさんおり、襲う天敵がいないから、のんびりと横たわっていても大丈夫なのだろう。ストレスがないと云えば、筆者も仕事をリタイアしたら、高めだった血圧は下がるわ、太り気味だった体重は減るわ、白髪は減るわ、いい事ずくめ。会社では、比較的、自由に仕事をさせてもらっていたが、今から思えば、それなりにストレスを感じていたのだろう。鷹ノ巣園地という西の端まで来ると、天売島が望める。

焼尻同様、高い山はない。ここからは一気に下りながら、北岸に回り込み、あっという間に港町へ戻る。港へ行く途中、島のガイドマップにあった「ハート柄の坂道」へ寄ると、下り坂にピンク色のハートマークがいくつも並んでいる。

勾配15%はありそうな激坂で、下るのも怖いので、少し歩いて振り向き、自転車をバックに撮影したら、こんなかわいい写真になった。12時に戻ってきたが、食べるところが全くないので、ランチを諦めて、フェリーの待合室で、九日後の7月3日に泊まる予定の稚内から、7月20日の中標津までのコースとキャンプ場を検討しながら、電話をかけまくり、宿の予約まで、ほぼ完了する。そんな先まで、と思われるだろうが、7月21日に中標津空港で会社同期のM氏と合流すること、及び、昨夏、余市で泊めてもらった大学サークルの後輩B氏が春から釧路にいて、また泊めてもらう日程を決める必要があることから、綿密な行程を立てることにしたのである。多少余裕のある計画にして、雨による数日の遅れも考慮した。立てた計画は、稚内から基本、オホーツク海側を南下し、サロマ湖の手前から内陸へ入り、阿寒湖を通って、釧路へ。そこから、北方にある釧路湿原を縦断して中標津まで。15時ちょうどにフェリーが入港してきて、わずか10分で下船乗船を済ませて出港。

いつも思うが、離島のフェリーは着岸中どうしてこんなに慌ただしいのだろうか。急げば事故になるリスクが高まるし、考えてもわからない。燃料節約のような気もするが…。出港後25分で天売港に入港すると、船員は船を岸壁に固定するための作業に入る。

この写真は、係留索(けいりゅうさく)の先に付いている細いロープを岸壁に投げようとしているところ。紐の先端にある重しを5回ほど回して投げるのだが、ビュービューと空気を切る音がかっこいい。岸壁の作業員は受け取ったこの紐を引っ張って、太くて重いロープの係留索を引き寄せ、ビットという巨大なポッチに係留索の輪っかを掛けると、船側が係留索を巻き上げて岸壁に船を引き寄せるのだ。下船すると、ここにもおまわりさんがいたが、声は掛けられず、ホッとする。

フェリーターミナルの観光案内所でキャンプ場の受付を済まし、港から近いキャンプ場へ行くと、夫婦と思われるチャリキャンパーが一組いて、ホッとする。キャンプ場自体は、500円取る割には雑草が伸びており、トイレも簡易式で、焼尻のあそこより劣る感じである。

入口に近い場所に設営し、その向こうにはさっきまでいた焼尻島が望める。

焼尻も天売もセコマなどのコンビニが全くないので、予め羽幌で買っておいた食材で、いつものラム煮込みジンギスカンを作り、19時半には寝てしまう。阪神は糸原のエラーで横浜に完封負け…。

【走行時間1:51 平均速度10.1km/h】

【本日の会計】¥5,440(フェリー¥4,940)

【天売島キャンプ場評価:28点】

5点満点項目は電波とシャワーのみ。トイレ、ランドリー、充電、保冷剤は最低評価の1点。小さな島のキャンプ場なので、贅沢は言えないが、もう少し整備及び管理してほしいものである。


●2021年6月26日(土) 22日目 晴れ 南西の風

【走行距離17km 獲得標高235m】

天売島一周→フェリー→羽幌

 

今回の旅で天売島へ行きたかった理由は、ただ単に41年振りにという訳ではなく、当時、この天売島で起きた事件の現場が、今はどうなっているのか、果たしてまだ残っているのかを確認するためである。羽幌へ戻るフェリーは、10時半と16時頃の2便しかないので、とりあえず10時半の便に乗れるよう考える。卵納豆ごはんの朝食を済まし、サイドバッグ4個はキャンプ場に置いたままにして、8時半に出発。

一周約10キロなので、1時間もあれば廻れるが、ゆっくり見ている時間はない。でも、20キロ以上あるサイドバッグがないので、坂道でも快調である。

一周する道は今時珍しい時計回りの一方通行なので、マップ右上の港から時計回りに最西端の赤岩展望台を目指す。当時の記憶では、あの事件現場はそこへ向かう途中の登坂にあるはずである。天売島は別名「海鳥の島」と云われており、ウミガラス(オロロン鳥)を始め、ウトウ、ケイマフリ、ウミネコなど8種の海鳥が生息している。登坂を進むと、道端の空き地に早速、大きめの海鳥がうじゃうじゃいる。

ウミネコかと思ったが、飛んでいるのもいるので、重たくて簡単に飛べないウミネコではなく、多分、オオセグロカモメだろう。あとでわかったが、尾が黒い帯状なので、正解はウミネコであった。事件現場は、記憶では、きつい激坂の途中、海側に行く小道があり、その先には柵で囲まれた展望台が見えたので、そのような場所を探しながら登ると、それらしき場所を発見!。

入口は刈っているが、その先は草茫々なので、進めないが、多分ここだ。当時、同期のU氏と一緒に走っていて、展望台が見えたので、道を逸れて小道を進むと、先行していたU氏が前輪から地面にのめり込むように沈んでいったので、びっくりして、沼らしき所からU氏を救出して、沈みかけていた自転車も。なんでこんな所に沼が…と思ったが、自転車をよく見ると、車輪に白い紙がたくさん付いていて、臭い匂いもする。そこで初めて、ここが地元住民の排泄物を捨てる肥溜め池だとわかる。その池はほぼ満杯状態で道との段差はほとんどなく、色も土色なので、見間違うのは致し方ない状況だ。なので、入り口に入れないようロープを掛けるとか、肥溜めを示す注意看板を立てるとかすべきだろうと憤慨する。U氏本人はだいぶ落ち込んでいたが、折角来たのだから、とりあえず一周しようということになり、岩場に棲むオロロン鳥を実際に見て感動したことを覚えている。そして、羽幌まで戻り、町の銭湯に入り、汚れや臭いを落とし、自転車もGSで水ホースを借りてきれいにする。だが、U氏は、のちに、その事実を自ら公表して、先輩から「タメ」というあだ名を付けてもらい、悲惨な笑い話としてサークル内で語り継がれることになった。以上が、41年前に起きた天売島肥溜め事件である。その後、下水処理場が整備され、肥溜め池は埋め立てられ、今の状態になったと推定される。赤岩展望台に着くと、斜面に無数の穴が空いていて、全部ウトウの巣穴らしい。

昼間は海へ狩りに出かけていて、暗くならないと戻ってこないとのこと。後で知ったが、ここは、宿に泊まると、19時頃にウトウの壮観な帰巣を見に行く無料送迎車が出るほどの観光スポット。ウトウは天売に棲む海鳥の中で、一番数が多く、その数はなんと80万羽。その数が一斉に夕暮れ時に戻ってくる様は確かに壮観だろう。でも、80万羽って、どうやって数えたのだろうか。野鳥の会メンバーが一匹一匹数えたとも思えないし、何を根拠に80万と推定したのか、教えて欲しいものである。次の観光ポイントは、国内では天売島にしか生息していない絶滅危惧種のオロロン鳥が見られるかもしれない海鳥観察舎。赤岩を出ると、白い糞だらけの道があり、ウミネコかウトウの糞だろう。

普通の道にこれだけの糞はあまり見たことがない。さすが鳥の島である。

観察舎は断崖絶壁の間際に立っていて、中には高倍率の無料望遠鏡がセットされているも、オロロン鳥は確認できず、プチがっかり。

説明文を読むと、初めて来た40年ほど前は500羽ほどいたが、今は60羽ほどしかおらず、かつ天敵にヒナや卵をやられないよう岩陰に潜んでいるので、見つけるのはなかなか難しいとのこと。それでも、20年前の10羽から少しずつ増えているようだ。予定通り9時半過ぎにキャンプ場へ戻り、素早くテントを畳んで、10時過ぎに港へ。結局、天売島で見た海鳥は8種もいるのにウミネコだけであった(悲)。もう多分この島には来ないだろう、と会えなかったオロロン鳥に別れを告げて、フェリーに乗り込み、焼尻経由羽幌へ。天売のキャンプ場でちょっと会話した夫婦チャリキャンパーは、同じフェリーに乗っていたが、焼尻港で下船。停泊中、デッキから外を見ていると、その二人に、あの例のめんどくさい警官が近寄ってきて、何かしゃべっているではないか。

筆者の時と同じように、キャンプ場以外でキャンプするな、とか注意しているのだろう。ホンマ面倒な警官だが、注意されたのが自分だけじゃないとわかり、ホッとする。羽幌港には12時過ぎに着き、ターミナルの「浜のかあちゃん食堂」でランチしようかと思ったが、高いし、結構混んでいるので、とりあえず山崎旅館へ。

しかし、甘えび丼2000円、生うに丼3500円はちょっと高いっしょ。ぼったくりの積丹や小樽よりはましだけど…。親切な宿のご主人が、もう部屋に入れると云ってくれたので、近くのスーパーへランチの買い出しに。そのついでに、10年前の北海道OBランで泊まった「吉里吉里(きりきり)」というゲストハウスへ行ってみると、変わらず営業していて、ホッとする。

余談になるが、ここに泊まった日、ちょうどサッカーの女子W杯決勝をやっていて、日本が澤選手の活躍で米国に劇的勝利を収め、みんなで盛り上がった記憶がある。延長で1点取られてもう負けたと思ったら、澤選手が超芸術的なシュートを決めて同点に追いつき、PK戦で勝ったのだ。あのシュートは今でも忘れられないシーンだ。13時に部屋へ入れてもらい、総菜といなりのランチ。14時からは、阪神横浜戦をDAZNで応援するも、リリーフの及川が打たれて負ける(悲)。洗濯を済まし、二日ぶりのシャワーを浴び、土曜で食事が付いてないので、またスーパーへ行き、18時半から、火野正平さんのBSこころ旅を観ながら、ポテサラ、半額のアジフライ、半額のレバニラ炒めをつまみに缶ビールとワンカップを片手に、夕陽を浴びながら、ひとり宴会。

こころ旅は秋田編で、後三年という古戦場へ行く旅を放映していて、筆者がちょうど1年前に立ち寄った場所でもある。2年前、道東のさくらますの滝でもニアミスしているが、なかなか会えない。そして、今年も、正平さんには出会えなかった。来年こそはどこかで偶然会えてTVに映りたいものである。

【走行時間1:19 平均速度12.9km/h】

【本日の会計】¥10,048(フェリー¥2,330、宿代¥4,950)


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