<梼原~久万高原~高知>2022年春の自転車旅(その六)16-17日目

 今回は、隈研吾(くまけんご)の町、高知県梼原から四国カルストのトンネルを抜けて、

愛媛県の久万(くま)高原に泊まり、日本一の清流と云われる仁淀川沿いに下って高知

の伊野町までの旅レポです。


16日目は、隈研吾さんの建築物が立ち並ぶ梼原(ゆすはら)の町から、四国カルストへは

行かず、トンネルを抜けて愛媛県の久万高原まで

17日目は、仁淀川の愛媛県側名称である面河(おもご)川沿いに下り、そのまま仁淀川に

代わって伊野の町まで


【その六の読みどころ】

隈研吾さんの町とは知らず…

くま(隈)の町からくま(久万)の町へ

立派な屋根付き橋に遭遇!

沈下橋で手を振る二人…

手作りのトトロ像に…

郷角(ごうかく)という地名に因んだ合格祈願商法に…

サンダルが切れ、カップを忘れ、醤油も忘れ…

縄文時代の岩陰遺跡と岩屋寺など岩だらけ

スーパーで鶏の唐揚げを拾うも…

お弁当とおかず単品を注文するも…


2022年春のチャリキャンプひとり旅(その六)


●2022年5月6日(金) 16日目 曇り後晴れ 南東風

【走行距離52km 獲得標高630m】

梼原→R440→R33→美川→久万高原

 

6時に起きて早めの7時に朝食を頂く。サラダ、豆、シャケなどバランスの取れた内容だが、生卵と納豆がないのは寂しい。

8時過ぎにお母さんとかわいいお孫さんにクラブ旗を持ってもらい、出発写真。

アコがジャンプしたいと云うので、トライするも、タイミングが全く合わなかったものの、なかなか面白い写真になったので、結果オーライ。梼原の町中には、新国立競技場を設計された隈研吾さんの建造物がいくつもあるというので、まず、みんなで見て廻る。

林業が盛んな町らしく、橋が木製だったり、隈さん設計の図書館やホテルなどの建物も木材をふんだんに使っている。隈さんはここの出身ではないが、昔、梼原町を訪れた際、高知県下唯一の木造芝居小屋「ゆすはら座」を見て、この町が気に入り、交流が始まったらしい。今や、いくつもの隈研吾設計の建築物があるので、雲の上の町と云うより隈研吾の町と云っても過言ではない気がする。そのきっかけとなった「ゆすはら座」に寄ると、内子座と違って、入場無料なので、中を見学。

二階席もあり、芝居小屋と云うより大芝居場って感じ。ここにも「龍馬脱藩の道」の案内板があり、高知の和霊神社を出発して、ここ梼原を通り、伊予灘の長浜までのルートがよくわかる。

さて、今日の旅は、北に位置する四国カルストを抜けて、愛媛県の久万(くま)高原までの約50キロ。四国カルストは低いところでも標高1000mの高地にあり、ここからでも600mのアップ。四国カルストは40年前に行ったことがあるので、筆者は、その下を通っている当時はなかった地芳トンネルを選択。M氏とU氏は、標高1400mにある四国カルストの天狗高原まで行くとのこと。ダズ夫妻は悩んでいたが、結局、ハードコースは諦め、筆者の軟弱コースに付いてくることになる。町を出ると、すぐに、内子の田丸より、かなり大きい屋根付き橋が見えてくる。

名は付いていないが、神社に繋がっているからなのか、メチャ立派である。この橋を渡ると、伊豆の三島にある三嶋大明神から分祀されたと云う三嶋神社があるので、三人で参拝して、この旅の無事を祈る。15分ほど薄原川沿いに遡上すると、今度は沈下橋が見えてくる。だいぶ下の方だが、当たり前のように下りて、手を振っているので、一枚パチリしてあげる。

これも彼らにとって想い出の一枚になるのだろう。因みに、調べると、この橋は中古屋沈下橋と云うらしい。田野々という集落では、お母さん達が、今時珍しい手植えをしているので、一枚パチリ。

越智面(おちめん)という集落に入ると、木を活かした独特な建築物がまた現れ、宿泊施設のようだが、これも立派である。

調べると、隈研吾さん設計ではなさそうだが、それに近いものを感じる。梼原から300mアップ、90分ほどで峠のトンネルに着く。

地芳峠へ登る旧道もあるが、その気は全くなし。トンネルは少し広めの歩道があるものの、クルマがほとんど通らないので、車道を走ることにする。ダズもアコも点滅するテールライトを付けていないので、三つも付けている筆者が最後尾となり、3キロの長いトンネルを抜けると、二日ぶりの愛媛県。

少し下ると、公園にトトロがいる情報があったので、寄るも、手作り感たっぷりの、あまりかわいくないトトロが!。地元の小学生が作ったのだろうか。

更に下ると、今度は、「ごうかく駅」と云うバス停があり、その近くには、合格を祈願する「合格地蔵尊」が!。

受験生に人気があるらしいが、本当の地名は「郷角(ごうかく)」なので、ホンマに御利益があるかどうか疑問である。でも、アコは何かの試験があるらしく、合格祈願していた…。更に下ると、右手に「八釜の甌穴群」の案内板が!。

大小35個もの甌穴群が並んでいて、その内の八つがお釜に似ている、とある。しかし、川は遥か下の方にあり、往復50分と書いてある。10分ぐらいなら行ってみてもいいが、50分は長すぎるので、筆者はスルー。しかし、この旅に賭ける気合が違うダズとアコは…。その写真がこれ。

確かにお釜っぽく見える。松山へ繋がる国道33号線、通称「久万街道」に入ると、また上りが始まる。途中、久万川と面河(おもご)川が合流する広い河原に、大きな岩が立っていて、「御三戸嶽(みみどだけ)」と云うらしい。

ダズ夫妻と別れてから、ちょうど2時間、14時に今日の宿「やすらぎの宿でんこ」に着き、隣のコンビニでのり弁、ついでに阪神が勝って巨人が負けたので、スポーツ報知も買って、宿の前でランチタイム。

途中に飲食店もあったが、ビールを吞みたいので、宿まで我慢する。15時前にチェックインし、内風呂に入って、皆が到着するのをのんびりと待つ。17時頃、カルスト隊と八釜甌穴隊がほぼ同時に着いたので、自転車の置き場所や部屋を案内する。夕食は、併設のレストランなので、豪華な料理を期待したが、意外と質素なおかずにプチがっかり。

阪神は中日の大野にあわや完全試合をされそうになるも、10回にテルがツーベースヒットを打ち、何とか回避するが、試合は青柳が10回に打たれて0―1の惜敗。

【走行時間3:23 平均速度15.3km/h】

【本日の会計】¥10,140(宿代呑み代¥7,800含む)


●2022年5月7日(土) 17日目 曇り後晴れ 北西風

【走行距離84km 獲得標高352m】

久万高原→R33→美川→佐川→伊野

 

6時半に起きて、7時から朝食して、8時半に出発。今日は、久万川、面河川、仁淀川沿いの国道33号線を走って、九日前に泊まった伊野町の宿まで約80キロの旅。距離はあるが、基本ずっと下りなので、気分は楽である。みんなは、大昔の地層が残る「古岩屋」と第45番札所の「岩屋寺」へ寄ってから、R33に戻り、筆者と同じルートで高知へ向かうコース。出発の準備をしていると、サンダルの右の鼻緒がとうとう千切れる。不吉な予感がするも、サンダルは予備を買っておいたので、大丈夫。

出発ジャンプは2回目で成功。ジャンプのタイミングにも依るが、ダズが一番飛んでいるだろうか。アコはクラブ旗に顔が半分隠れてしまい、プチかわいそう。

浦野とダズ夫妻は今日東京へ帰ってしまうが、出発ジャンプは今後定番になりそうである。宿を出て、すぐに県道への分岐があり、ここでみんなと別れる。

U氏はマイカーをデポしている伊野町の道の駅まで走って東京へ向かうので、ここでさいならである。そう云えば、昨夕だったか、U氏の会社同僚から、「伊野の道の駅へ連絡するように」との電話があり、どうも、クルマがずっと停めてあるので、道の駅の人が、どこかで遭難しているのでは、と心配になり、警察へ連絡したようだ。事情を説明して事なきを得たが、長い間、道の駅にデポする時は、連絡先がわかるように、メモを置いていくなど考えた方がいいかもしれない。ダズとアコは、R33沿いにある佐川と云うJRの駅で輪行して高知空港から東京へ。宮村さんは明日まで一緒である。久万の街中をのんびり走っていると、木造建てのレトロな建物が見えてきて、門には「久万小学校」とある。

この辺りも林業が盛んなのだろう。木を大事にする土地柄を感じることができる。昨日上った国道を下っていると、昨日は気が付かなかったが、斜面に「美川」という文字が!。

この辺りは、お茶が盛んらしく、茶畑で美川の文字を描いている。ちょうど田植え時期らしく、田植え機にセットされる苗のパレットが綺麗に並んで、植えられるのを待っている。

昨日、ダズとアコが立ち寄った「上黒岩の岩陰遺跡」があり、暫し見学する。

1960年代に子供が自宅隣の岩陰を掘っていたら、土器のかけらや動物の骨が出てきて、専門家たちが発掘した木炭を分析すると、一万五千年前、縄文時代の物とわかり、長崎県の福井洞遺跡に並んで、大昔に人が住んでいた貴重な遺跡とのこと。観光案内板を見ると、ここ美川には、遺跡だけじゃなく、昨日見た「御三戸嶽」、そして今日、本隊が行っている「岩屋寺」がある。

この岩屋寺は9年前のGWランの時、石鎚スカイラインから松山へ行く途中に寄ったことがあるが、鳥取の投入れ堂ほどではないが、最後は梯子で上がるなど、結構しんどかった記憶がある。

仁淀川の中流にある大渡ダム湖は桜の名所らしいが、それ以外に特に見どころはない…。ダムを過ぎて7%ほどの坂を下っていると、フォーサイドのお年寄りサイクリストが自転車を押しながら登っている。反対側なので、そのまま通過したが、後続の四人が会って聞いた話では、沖縄の人で、お年はなんと82才。野宿しながら八十八カ所を廻っている、とのこと。20年後の筆者もまだ旅をしているだろうか、ふと思う。

ダムの下流側は、水量が一旦減るので、仁淀ブルーのような澄んだ青さはないが、それなりに見栄えがする。途中、トンネルを避けて、旧道を走っていると、「自由軒」というラーメン屋があるも、地元の人に人気のお店らしく、クルマが一杯停まっているので、スルー。

越智と云う町からは、仁淀川を離れて、ダズ夫妻が輪行する予定の佐川駅へ向かい、13時、駅に着くも、飲食店が全くないので、近くのスーパー「マルナカ」で、三種サラダとちょっと贅沢だが握り寿司を購入。レジ横の籠から詰め替えるコーナーで、エコ袋に入れていると、横に、鶏の唐揚げパックがポツンとあるのを発見!。さっきまで、そこにいた、車いすのお母さんと太った兄さんが忘れたんだ、と追いかけるも、見つからず…。ちょうど入り口にいたスーパーのおねーさんに事情を説明すると、常連客らしく、その人の車を知っていて、無事に渡すことができ、プチホッとする。いいことをしたわ、と気分よく、駅に自転車で戻り、駅舎前のベンチでお寿司を出すと、なんとお寿司にお醤油もワサビも付いていない!。プチショック。

ワサビはまだいいけどお醤油はないと困るので、面倒だけど、また自転車で五分ほど走ってスーパーへ…。更に、缶ビールをカップで飲もうとするも、いつもサドルの後ろにぶら下げているカップがない!。思い起こすと、朝、サドルにセットした記憶がなく、深夜にウイスキーの水割りを飲んだ後、カップを洗面所で洗った記憶が蘇り、そこに置き忘れたようだ、プチショック。翌日、高知市内のモンベルショップで新カップを買うことになるが、十年ほど愛用したカップなので、昨日の宿「でんこ」へ電話して、宅急便で神戸の自宅へ送ってもらうことにする。送料代が千円ほどかかるが、仕方ない。15時頃、予定通り、ダズとアコが無事に到着し、お別れの写真を撮る。

ダズがスマホを構えて、アコと二人でジャンプするも、なかなかタイミングが合わず、4回目でやっと完璧なジャンプ写真が撮れる。

また来年、と云い合いながら、駅をあとにして、15キロ程先の伊野町へ。仁淀川に戻ると、仁淀川橋があり、「紙のこいのぼり」の写真が。

毎年、GWに見られるらしいが、今年はコロナだからだろうか、広―い河原が見えるだけ…。

今日のお宿「藤崎旅館」は16時半にならないとチェックインできないので、ちょうどその時刻に到着すると、玄関でマスクをせずに、女将さんが掃除をしている。

意外と云えば失礼だが、お若いのでプチびっくり。九日前に会った時は、40才ぐらいかなあ、と思っていたが、20代後半のような感じ。預けていたバッグと荷物を受け取り、シャワーを浴びた頃、M氏が到着。道の駅「土佐和紙工芸村」で無事、U氏を見送り、近くの神社に寄って来たとのこと。素泊まり宿なので、近くの「赤とんぼ」と云う居酒屋へ行くも、「予約一杯で入れない」と云われてしまい、プチショック。仕方ないので、スーパー内の「ごはん屋いの」で総菜やお弁当を買って部屋食することに。筆者は、お弁当のおかずだけ、M氏は、唐揚げ弁当とシェア用におかず単品を注文するも、二つともお弁当が出てきて、プチびっくり。お店のおばちゃんの思い込みが原因だが、優しいM氏は、文句も言わず、そのままお金を払って、結局、お弁当2個分のご飯を完食していた。阪神は中日に1―2の惜敗。打順を大幅に変更するも全く機能せず、また矢野采配失敗…。しかし、今日は、サンダルが切れ、カップを宿に忘れ、お寿司の醤油を取り忘れ、全くツイていない一日であった…

【走行時間4:39 平均速度18.1km/h】

【本日の会計】¥5,706(宿代¥4,000含む)


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