<下呂~越前大野~五箇山>2024年春の自転車旅(その二)6-9日目
2024年春のチャリキャンプひとり旅(その二)
今回は、岐阜県郡上八幡の西方20キロにある板取(いたどり)と云う町から、福井県の越前地方を
廻って、岐阜県に戻り五箇山まで4日間の旅です。
春の旅6日目は、板取から冠(かんむり)山峠のトンネルを越えて福井県池田町のお宿まで
7日目は、筆者の実家がある勝山に寄ってから小京都と云われる越前大野のお宿へ
8日目は、九頭竜川沿いに遡上して油坂峠を越えて美濃白鳥から長良川を遡上してひるがの高原まで
9日目は、御母衣ダム、白川郷を通って合掌造りで有名な五箇山のお宿へ
【その二の見どころ】
① SNSでバズッたモネの池に寄るも…
② 日本三大桜のひとつ「根尾の薄墨(うずずみ)桜」はパス…
③ 酷使してきた膝がついに!
④ 高炉セメントがトンネルに!
⑤ 懐かしい大阪特殊合金の工場と恐竜だらけの勝山!
⑥ 膝が心配なので油坂峠までワープすることに…
⑦ 手荷物の制限が厳しい長良川鉄道だが…
⑧ ひるがの高原にあった分水嶺公園の川は疑わしい…
⑨ 膝の炎症を抑える湿布を宿のおねえさんに頼むと…
⑩ 鉄板のけいちゃん焼き!
⑪ タイパの牛…
⑫ 御母衣ダムに沈んだ化石と生き残った桜
⑬ 白川郷の大渋滞を見て…
⑭ 砺波のチューリップ祭り期間を見て…
⑮ 白川郷と五箇山の合掌造りに違いがあるとは!
●2024年5月2日(木) 6日目 晴れ曇り 北2m
板取→洞戸→根尾→徳山湖→冠山トンネル→池田町
今日は、昨年、開通したばかりの岐阜県北西部から福井県に抜けるトンネルを通り池田町まで約90キロの旅。長い上にしんどそうな山越えが三つもあるので、輪行したいが、鉄道がないので、走るしかない…。一方、天候は、昨日までの雨模様から良くなり、晴れそうだが、風向きは北からの向かい風なので、きつい一日になりそうだ。
8時に本隊と一緒に出発し、川沿いの下りを最後尾から走っていると、昨日から加わった後輩のサカナことS田氏が見どころの場所で待っていてくれるも、先を急ぐべく、スルー。しかし、人がやたら見えるので、寄ってみると、小さな池の周りに人がいっぱいいる!
なんでも、画家のクロード・モネの名画にあまりにも似ていると、「モネの池」としてSNSで拡散したらしいが、元々は湧き水でできた自然の「名もなき池」で、地元の人がスイレンを植えたり、錦鯉を放ったら、バズってしまったようだ。
自転車はタダだが、車は、「環境整備協力金」として、500円も取られるのに、それでも映えたいのだろう…。一応、写真だけ撮って本隊より先に出るも、すぐに抜かれてしまう。でも、「道の駅ラステン洞戸(ほらど)」で休憩している本隊を追い越して、また先行するが、洞戸からは上りになり、またすぐに抜かれるわ、と思っていたが、全然来ず、結局1時間ほど経って峠道に入ってから、ついに抜かれる。どうも、道を間違えたようで、全然違う方向へ進んでいたらしい…一緒じゃなくて良かった、と思う。
また最後尾となり、ひとり、のんびり走っていると、「やまぼうし街道」の看板があり、この花を探しながら進むも、結局見当たらず…。
10時半、最初の峠、標高330mの尾並坂峠に着き、休憩している本隊をまた抜いて、日本三大桜がある根尾の町まで下る。「根尾谷薄墨(うすずみ)桜」というしだれ桜は、高台にあるし、桜はもう散っているだろうから、筆者はスルーして先を急ぐ。
因みに、日本三大桜は、樹齢1500年のこの薄墨桜、樹齢2000年の山梨県にある「神代(じんだい)桜」、そして樹齢1000年の福島県にある「三春滝(みはるたき)桜」である。いずれも見たことがないので、いずれは、桜の時期に行ってみたいものだ。
根尾のマンホールには当然、薄墨桜が描かれていて、ランチをするべく、道の駅なのに、道から外れた高台にある「うすずみ桜の里」へ登るも、食堂は廃業、弁当類も全くない…この先、コンビニも食堂もなさそうなので、普段は買わない鬼まんじゅうを買う。
本隊は、桜と根尾谷断層を見てから、ここで昼食を摂るつもりなので、LINEで、根尾の町にあるスーパーで買い出しするよう伝えて、二つ目の峠、標高550mの馬坂峠へ向かう。ここから300mほどのアップだが、峠道に入ると、思っていた以上に勾配がきつく、思い切りペダルを踏んだ際、右ひざに、これまで経験したことのない痛みが走る…初日から酷使していた膝がついに悲鳴をあげたのだが、その後は特に痛みがないので、13時、何とか峠のトンネルまで登り切り、真っ暗な怖そうなトンネルを抜けた辺りで、さつまいもだけでできた鬼饅頭だけのランチタイム。
サイクルメーターを見ると、56キロも走っていて、既に脚は限界に近く、まだ30キロ以上もあると思うと、気が重い…。
揖斐川の最上流にある徳山湖まで下り、湖岸沿いの道は、長めのトンネルばかりだが、平坦なので、何とか走れるも、福井県に抜ける冠山峠にあるトンネルまでの登りに苦しめられる。
そして、15時、やっとトンネルに着き、5キロもある長い冠山トンネルを抜けると、宿のある池田町までは下りなので、素直に嬉しい。できたばかりのトンネルなので、完成プレートを見ると、コンクリート配合に高炉セメントが使用されていることがわかり、高炉関係者として、プチ嬉しくなる。
下っていると、観光かずら橋の看板があり、道路から木製の橋が見えるも、通行料金300円と書いてある!渡るだけで…と思ったが、男女のグループが楽しそうに渡っているので、まあいいか、と思う。
16時、本隊に抜かれることなく、池田の「べにや旅館」に着くも、その15分後ぐらいに本隊が着き、危ないところであった…。
今日もメチャ疲れたが、お風呂に入り、豪華な夕食を完食して、20時には寝る。
【走行距離91km 獲得標高1049m】
【走行時間5:48 平均速度15.6km/h】
【本日の会計】¥13,338(宿代¥12,000)
●2024年5月3日(金) 7日目 晴れ 北西2m
池田→越前大野→勝山→越前大野
今日は、ここから40キロ先にある勝山の実家まで行き、ひとり暮らしの母と金沢から帰省中の妹に会ったあと、越前大野の宿まで戻る約50キロの旅。本隊は、朝倉遺跡がある一乗谷と永平寺を見学してから、九頭竜川沿いに遡上して勝山を通って来るらしい。そして今日、初日から参加してくれたO澤氏が抜けて、代わりに、T葉氏とD夫妻が合流し、福井在住のテンタことT木氏も大野にやって来る。
朝食のメインは、若狭ガレイの一夜干しで、M村氏曰く、「脂っぽくなくさっぱりするも、魚肉の甘味がしっかり口中に広がり美味」とのこと。
8時半に出発ジャンプを決めて、本隊を見送り、ひとり、足羽(あすわ)川を北上し、東へ向きを変えて、岐阜に繋がる国道158、通称「美濃街道」を150mアップして越前大野の町に入ると、緑の麦畑とピンクの芝桜が美しい。
九頭竜川沿いの道を通り、昔は京福電鉄だった「えちぜん鉄道」の勝山駅まで来ると、大阪特殊合金の工場と綺麗な事務所が見える。
勝山には幼稚園から高校卒業まで住んでいて、当時は汚い電炉工場であったが、今や、その面影は全くない。輸入銑を扱う同社は、銑鉄営業時代、競合相手だったが、いろんな意味でお世話になり、この工場でも実験をさせてもらったことがある。
そして勝山は、今や、何と云っても、恐竜の町となり、勝山大橋を渡ると、2000年に新種の恐竜として認められた全長4mほどの「フクイラプトル」がいる。40年ほど前。北谷(きただに)と云う白山に近い山奥の集落で、恐竜の化石が発掘され、2000年に、卵型の恐竜博物館が勝山にできてから、一気に注目されるようになり、更に、北陸新幹線の延伸にともない、博物館もリニューアルされて、ますます観光地として賑やかになると思うと、プチ嬉しい。そして、西日本最大の東急リゾート系スキージャム勝山もここにある。そのおかげだろうか、昔は絶対なかった洒落たイタリアンレストラン「厨ぼうず」が実家の近くにあり、そこで、親子3人でランチタイムを過ごす。
母の日が近いので、筆者が全部支払い、プチ親孝行をしてから、10キロほど戻り、15時半、大野城が望めるお宿「弥生旅館」に入る。宿泊料金はGWというのもあるが、なんと一万四千四百円…高過ぎるが、他の宿も満室なので、やむを得ない。今回、部屋で夕食前にみんなが集まって呑むことは全くなかったが、今日は大酒呑みのテンタがいるので、頼んだ瓶ビールがどんどん空いていく。
旅の宿は、やっぱりこうじゃなくては、と思う。北大サークルOGでもある妹の潤子も勝山から車で来たので、今回最多の11名が集まり、夕食、そして2次会も大いに盛り上がる。
阪神は、初先発の門別が3回6失点の乱調でチャンスにまた梅野が凡退を繰り返し、巨人に4―8の完敗…。
【走行距離52km 獲得標高1049m】
【走行時間2:57 平均速度17.6km/h】
【本日の会計】¥20,500(宿代¥14,400、ランチ代4,500含む)
●2024年5月4日(土) 8日目 晴れ 南2m
越前大野→車→油坂峠→美濃白鳥→高鷲(たかす)→ひるがの高原
今日は、九頭竜川沿いに油坂峠まで600mアップし、一旦、美濃白鳥まで下ったあと、今度は長良川沿いに500mアップし、ひるがの高原まで約80キロの旅。自分にとっては、超ハードなコースであり、二日前に痛めた右ひざが悪化するとまずいので、考えた末、潤子の車で油坂峠まで送ってもらう作戦を立て、昨日のうちに、潤子に伝える。
峠好きの本隊にとっても長い一日になるので、宿の女将に早めの6時半に朝食をお願いし、7時半には出発ジャンプを決めて、本隊は走って、筆者は潤子号で油坂へ向かう。50分ほどで、旧道の峠トンネルに着き、バッグをセットして、9時前にトンネルを越えて白鳥へ。
あとで知るが、本隊は12時半にここへ着いたので、3時間半の貯金ができる。白鳥のスーパーで買い出しを済まし、国道156、通称「白川街道」を走っていると、ポイ捨てを注意する面白いプレートが!
自転車に乗っていると、道路脇に捨てられたペットボトルや缶やゴミが目に付きやすく、いつも「おいっこら捨てんなよ‼」と云いたくなるので、プチスッキリである。
三日前にお世話になった「長良川鉄道」の終点「北濃駅」に寄ると、食堂が併設してあり、味噌カツ丼が旨そうだが、まだ開いていない。
駅舎に入ると、「手回り品」のことが書いてあり、「手荷物は2個まで、総重量は30キロ以下、自転車は10キロ以内」とある。筆者の手荷物は、サイドバッグ2個がない状況でも、自転車が入った輪行袋含め4個、総重量は40キロ以上、自転車は15キロほどなので、全てアウトである。でも、三日前に利用した時は、なんにも云われなかったので、たまたま運転士がいい人だったのか、無人駅で下りたからか、それとも、建前だけで、厳しく見ないのかもしれない。
紅葉と滝と鮎が描かれた長良川らしいマンホールを見ながら、実感30℃を超える暑さの中、徐々にきつくなる坂を登っていると、「ダイナランドスキー場」の入口に着く。
キャンプ場がスキー場にあるらしいが、3キロで240mアップなので自転車では無理!。
12時半、油坂から3時間半で、宿のある「ひるがの高原」に着き、長良川と日本海の富山湾に注ぐ荘川との分水嶺公園へ寄ると、いかにもわかりやすい小川が二つに分かれているので、つい撮ってしまったが、ホンマに自然にできたものなのか、疑わしい限りだ…。
ソフトクリームが名物の「たかすファーマーズ」と云うお店の外のベンチで、缶ビールを飲みながら、ミンチカツ焼きそば弁当を頂く。
15時にお宿「レストホテルほづみ」に入り、部屋でのんびりしていると、長滝白山神社や夫婦滝など寄り道をしながら走ってきた本隊が、筆者から4時間あとの16時半に到着。阪神は、梅野を外し、西・坂本バッテリーで臨むも、1―2で巨人に10回サヨナラ負けを喫す…。坂本はナイスリードだったが、糸原のエラーで流れが悪くなり、逆転を許す。
夕食は、飛騨地方の名物料理「けいちゃん焼き」が大きな鉄板で出てきて、みんなで突く。
食事前の話だが、お風呂から上がったあと、痛めた右ひざが熱を持っており、炎症を起こしているようで、いつもはバッグに入れている湿布がないので、ダメ元で宿のおねーさんに聞くと、開封済みだが、ロキソニン湿布が2枚残っている袋をくれて、プチラッキー。
【走行距離29km 獲得標高622m】
【走行時間2:24 平均速度12.0km/h】
【本日の会計】¥11,443(宿代¥9,400含む)
●2024年5月5日(日) 9日目 晴れ 南5m
ひるがの高原→御母衣ダム→白川郷→五箇山
今日は、ルート図のように、北へ向かって庄川沿いに下り、合掌造りの五箇山まで約70キロの旅。距離は長いが、高低図のように、基本、ずっと下りなので、何とか走れそうだ。
宿に、ジャージー牛のポスターがあり、「タイパってなんですか」と書いてある。最近まで知らなかったが、タイパとはタイムパフォーマンスの略語であり、残業を好まない若者が使う言葉らしいが、タイパなど気にせず、のんびりしよう、と牛が云っている…。
快晴の中、8時に合宿所みたいなお宿を出発し、少し下ると、御母衣ダム湖の入口辺りに、黒っぽい「ジュラ紀の化石」が厳重なケースに入っており、御母衣ダムによって、貴重な化石群が水底に没してしまった、とある。
ダム湖の斜面を見ると、確かに所々に黒光りの岩盤が見える。そして、桜が描かれた荘川(しょうかわ)村のマンホールがあり、ダム建設によって、植え替えを余儀なくされた奇跡の荘川桜である。
M村氏のコメントによると、桜は「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」と言われるほど、枝を切るとそこから腐りやすくなるのだが、そんな手入れに弱い樹齢約500年の桜を、人知を尽くして湖底に沈む場所から湖の上へ植え替えたのである。
そんな弊害を無視して、1961年に完成した御母衣ダムは、18個もある庄川水系ダムの最上流に位置する日本三大ダムのひとつで、コンクリートではなく岩を積み上げてできた珍しいロックフィル式である。
因みに、あとの二つは、黒部ダムと奥只見ダムで、特に、福島県と新潟県の県境にある奥只見ダム湖の湖岸沿いは、9年前に走ったことがあるも、アップダウンの激しいことで有名な酷道で、死にそうなくらい大変だった記憶がある。
それに比べると、ここは楽勝で、ダムを過ぎると、上高地みたいな風景もあり、快調に進む。
白川郷に入ると、「三連合掌」と云う撮影ポイントがあり、自動車は通行止めだが、自転車は通れるので、丁度いい写真が撮れる。
メインの荻町集落は、観光客が一杯で、人が写るだけなので、三連合掌のマンホールだけ撮って抜けると、駐車場へ向けて車がずっと繋がっていて、プチびっくり。
結局、白川郷インターチェンジを下りた車が2キロ以上数珠つなぎになっていて、自転車の優越感に浸りながら走る。
五箇山が近づくと、クマが食べられる珍しいお店「高千代」があり、丁度、お店を出てきたおじさんがいたので、聞くと、「クマは食べていない」とのこと。「クマのお店に入ってクマを注文しないとは信じられない」と思ったが、クマ鍋の2300円はチト高いか…。
五箇山は富山県だが、ここへ来るまで、県境を行ったり来たりするトンネルと橋ばかりの道があり、それは別にいいのだが、風が強く、トンネルを抜けて橋に入ったところで、強風に煽(あお)られて、転倒しそうになる…。後続の本隊に、その事をLINEで伝え、五箇山の合掌造りのお宿「民宿なかや」へ。
12時半に着き、暑いので、駐車場の日陰に座り、ひるぜんのスーパーで買っておいた助六寿司とソース焼きそばのランチタイム。
今日も暑かったので、ビールがメチャ旨い。14時に部屋へ入れてくれて、お風呂に入り、阪神の試合を観ながら、またビールを飲む。阪神は、才木の好投、近本の2ランなど、巨人に4―2で何とか勝利したが、終盤の8回に、梅野が送りバントを決められず、木浪の打球が併殺打になってしまい、危ないところであった。
宿に砺波チューリップフェアのポスターがあり、GWは明日までなのに、フェアは5月5日の今日までで、明日からは撤去作業のため公園は閉鎖されるらしい。明日、行こうと思っていたのに…プチショック。GW最終日は入場者が減るからだろうが、GW最終日も観光したい客を無視したひどい話である。
本隊は、白川郷や五箇山の合掌造り家屋巡りに時間を要し、遅めの17時半に着き、18時半から始まった夕食は、囲炉裏を囲むように並べられたテーブル席に座り、1時間以上、囲炉裏に置かれた炭火の輻射熱でじっくりと焼かれた岩魚や、鯉こくの刺身、山菜のこごみなど、美味しく頂く。
【走行距離69km 獲得標高582m】
【走行時間3:24 平均速度20.4km/h】
【本日の会計】¥13,980(宿代¥13,000)
【追記:M村氏のレポから抜粋】
白川郷と五箇山について、どうも家の感じが違った。なぜか調べた。合掌造りの基本なつくりに関し、ほぼ屋根は東&西向き。理由は北&南向きだと冬に一方だけ雪が残り、家の重量バランスが崩れるからとのこと。南&北は窓が多い壁面で「つま」と呼ばれる。違いだが、基本、白川は屋根に茅(かや)を横向きに配置する。結果、両「つま」に茅の切口が出て屋根端がシャープに見えるとのこと。五箇山は屋根に茅の切口を下向けに配置する。結果、両「つま」が茅の茎になり、屋根端が丸まって見えるとのこと。もう一つ、出入口について、基本、白川は屋根側にあり「平入り」という。五箇山は「つま」側にあり「つま入り」という。宿泊した合掌民宿「なかや」さんも「つま入り」だった。
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